婆娑羅まつりとは

婆娑羅(ばさら)とは
薬師十二神将(じんしょう)の一神で、伐折羅大将・金剛(こんごう)大将とも呼ばれます。
「バサラ」は梵語(ぼんご)(サンスクリット)の「vajra」で、意味は異なりますが金剛や金剛杵(しょ)とも訳されます。金剛はダイアモンドのことで、右手に持つ剣が金剛杵なのです。そのお姿があまりにも際立(きわだ)って異様だったので、鎌倉末期ころから奇(き)をてらい華美をつくす振る舞いや派手(はで)な姿をする伊達者(だてもの)も「ばさら(婆娑羅・婆沙羅・婆佐羅・時勢粧)」と呼ばれるようになりました。
今の丸亀市の中心市街地は、江戸時代丸亀藩の城下町でした。この城下町を発展させたのは、藩主の京極氏でした。この京極氏の祖先で「婆娑羅大名」と呼ばれ、脚光を浴びた人物が「佐々木道誉」です。
彼は、室町時代の初期に活躍し、足利尊氏を助け、室町時代を支えた実力者でした。自由・狼藉がまかり通っていた時代に、従来の秩序や権威に対して、果敢に挑戦した道誉を「婆娑羅大名」の代表格としました。まるがめ婆娑羅まつりは、中心市街地が「婆娑羅」の気風を受け継ぎ、再び丸亀の顔として、賑わいのある街になることを期待して、名付けたものです。

婆娑羅ダンス「風起」とは
衰退する中心市街地の活性化を目的に平成12年に丸亀の新しい夏のイベント「まるがめ婆娑羅まつり」を創設しました。
その中でも真夏の暑さにも負けないくらい熱くなるのが婆娑羅ダンス「風起」です。
婆娑羅とは、自由気ままにとか過去にとらわれない新しい気風という意味があります。大勢の若者達が自由な曲、自分達の好きなように踊ることで、あり余るエネルギーを発散しようというものです。

花火大会
平成12年に丸亀TMO推進協議会の広域ソフト事業として開始された「まるがめ婆娑羅まつり」。その翌年の平成13年には、それまで2年間中止していた花火大会の開催を希望する声が多くの市民から寄せられ、関係者の尽力により婆娑羅まつりの一環として再開さました。平成26年度からは、中心市街地のみならず、広く丸亀市全体の観光宣伝と経済振興に寄与すると同時に、より安全・安心な実施体制の目的として、主催を「丸亀TMO推進協議会」から「まるがめ婆娑羅まつり実行委員会」に変更して開催いたします。
また、JR丸亀駅から徒歩3分程度で観覧できるよう、打上げ場所を中心市街地により近い丸亀港内に移動。このことにより、港を囲む三方の岸壁から、安全に大迫力の花火を見物することが可能となりました。